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2005年11月23日 (水)

事故と鰻と缶ビール part 2

[事故と鰻と生ビール part 1] より続く

手帳を見直した警察官は、となりにいた若い警官に懐中電灯を渡すと、こちらに向き直りました。
「ちょっと詳しく聞かせてください、それから免許証はありますか」
何だか話が変な方向に進みそうなので、先手を打って、
「一時間前に、店に来ていたお客さんなんですよ。斉藤さんです」

一時間ほど前、そのお客さんは一人で入ってきました。
アルバイトの阿部君は、食事で裏に下がっていたので、僕はホールに出ていたんです。
在席は3組、常連の客ばかり。
追加のオーダーもなく、まったりとした時間でした。
僕は、来週のスケジュールを見ながら、調整が必要な日曜日の応援を誰に頼もうかと思案していました。
その時、一人のお客さんが入ってきました。
あごにひげを生やし、作務衣を着て傍らにサイドバッグを抱えていました。
ひげはよく手入れされており、そのおかげで僕は斉藤さんのことを思い出すことができたのです。
斉藤さんは、生ビールとフライドポテトを注文し、雑誌を読んでいました。

一時間ほどして、彼はレジに近づくと僕に言いました。
「実は待ち合わせをしていたんだけど、まだ来ないんだ。もし僕を訪ねてくる人がいたら、これを渡してほしい」
そう言って名詞を差し出しました。
名詞には、鰻割烹 松○屋 代表取締役 斉藤憲治と書いてあり、浅草に店があるようでした。
裏には手書きで携帯の番号が書かれてありました。
「うなぎ屋さんですか、僕大好きなんですよ」
僕がそう言うと、彼は嬉しそうにもう一枚名詞を出すと、そちらにも携帯番号を書き込み渡してくれました。
「浅草に来ることがあったら、訪ねてきてよ。とっておきの天然鰻をごちそうするよ」
彼は、そのかわり必ずこの名詞を渡してほしいと頼むと店を出て行きました。
その後、相手の名前を聞き忘れたことを思い出しました。
しかし、浅草の鰻屋の斉藤さんを訪ねてくる人が二人いるとは思えないので、大丈夫だろうと思いました。

僕は警察官に名刺を見せて事情を説明し、その後斉藤さんを訪ねてくる人はいなかったと話しました。
警察官は、僕に免許証を見せてほしいと言い、自宅の電話番号、出勤時間とこの後の退勤時間の予定をたずねました。
「後で、担当から連絡があるかも知れません。名詞は預かっていってもいいですか?」
僕が承諾すると、やっと解放してくれました。

店に戻ると僕はふと思ったんです。
警察は斉藤さんの家に連絡をしてくれるのだろうか。
僕は、もう一枚の名詞を取り出しました。
名詞には、自宅の番号も書かれてありました。
僕は受話器を手に取りました。
5回ほどのコールで相手がでました。
「はい、斉藤です」
早朝にもかかわらず起きていたようでした。
「私、レストラン○○○、N店の副店長の波多と申しますが夜分遅く申し訳ありません」
そう言ってから気づきましたがすでに夜は明け始めていました。
「実は、店の前で交通事故がありましてお宅の御主人だと思いますが、ケガをされて病院に運ばれました」
電話にでた、おそらく奥さんと思われる人は、しばらく黙っていましたが、意外に落ち着いた声を返しました。
「どこの病院に運ばれたんでしょうか?」
「N市中央病院です」
「ご連絡ありがとうございます、それから」
奥さんはそこで口ごもりました。
「ケガはひどいんでしょうか?」
僕は、どうしようかと思いました。
あの時のようすでは、たぶん心臓は既に止まっていたんではないかと思いました。
でもそれを、直接奥さんに言うことができませんでした。
「あまり、軽いケガではなかったようです」
それだけ伝えると、電話を切りました。

後日僕は、警察に呼ばれました。
家族によると斉藤さんには、N市に来る用事が思い当たらず、誰と待ち合わせていたのかも、全く分からないそうでした。
そこで、最後に斉藤さんと話をした僕が警察に事情を詳しく話すように依頼されたのです。
といっても、特に何か覚えているわけでもなく、1時間の事情聴取のお礼にテレフォンカードをもらって帰ってきました。

更に一ヶ月後、斉藤さんの奥さんが僕を訪ねてきました。
事故の折りのお礼を是非させてほしいということでした。
「事故の際は、本当にありがとうございました、残念ながら主人は逝ってしまいましたが、代わりに私がお礼を言わせていただきます」
奥さんは深々と頭を下げました。
「いや、僕は何もしてないですよ、たまたまそこにいただけで・・・」
それから奥さんは、言いました。
「主人が、座っていたのはどの席でしょうか」

奥さんは、あの日斉藤さんが座っていた席に座り、紅茶を注文されました。
小一時間後、奥さんはお店の方で食べてくださいと、芋羊羹を置いていかれました。

その日、僕は仕事を終えて自分の車で店を出ました。
すると、あの日斉藤さんが倒れていたあたりのガードレール脇に、花と缶ビールがそっと置いてありました。

斉藤さんの鰻、食べたかったなあ。
今でも、時々思い出します。

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